2019.6.3 ONLINE SHOP オープンしました!

RECRUIT

「パンとエスプレッソと」で働きたい、
と思ってくださる方へ。

「パンとエスプレッソと」の主役は、
パンでもコーヒーでもなく、人です。
思いたったらぜひ、下記問い合わせ
フォームよりご連絡ください。
パン好きな方、コーヒー好きな方、
お待ちしてます。

    応募はこちらから 

いますぐ、でなくても、
お気軽にご連絡を。

INTERVIEW

 ▼ 「日と々と」のパン職人とバリスタ    ▼ 「のれんわけ」オーナーの皆さん  

「日と々と」の
パン職人とバリスタ

「好き」を大事に。
こだわりのパンとコーヒーを提供する、
パン職人とバリスタのお仕事

お店のこだわりに命を吹き込む「パン職人」

表参道店・パン製造責任者:金森

パン職人の仕事内容とは

株式会社日と々とでのパン職人の仕事は、いくつかのポジションに分かれています。生地を作る仕込み、生地を丸める面台、焼き場に立つ窯。そして、パニーニの種類が豊富な表参道店ではパニーニを作るポジションもあります。

「パンの生地は繊細で、まるで生き物と同じなんです。季節やその日の水の温度で焼き上がりが変わるので、生地の状態を各ポジションのスタッフに伝えることをとても大切にしていますね」(菅原)

未経験でも挑戦できる環境

「入社後は、まず研修として体験という形で1日の流れを見てもらい、そのあとは10日間ほど先輩がしっかりとサポートに入りながら、パン作りの基礎を学べるようにしています。
新商品も店舗のスタッフが考えるのですが、経験年数に関係なく、提案してくれるスタッフがいれば積極的にアイディアを採用しています。提案されたパンをみんなで食べて、改善点も含め、感想を言い合ったりもしています」(金森)

先輩スタッフによるサポートや研修など、未経験でも安心して働けるような環境が整っていることや、経験を問わずさまざまなことに挑戦しやすいのも株式会社日と々との魅力です。

毎日でも食べたい、求められるパン作り

「日本人は、おもちみたいな食感が好きな方が多いと感じています。だから、外は『カリっと』中は『もっちり』といったような、日本人に合った食感のパン作りを心がけています」(金森)

「場所によって求められるパンって違うんです。この土地ではどのようなパンが求められているかというのをまず考えます。例えば、表参道店では新しい食材を使った珍しいパンが売れるのですが、湘南店ではファミリー層が多いので見た目で味がわかる、安心して食べられるようなパンが人気です。場所によって売れるパンが違うというところも面白いですね」(菅原)

日々のお客様の声や経験がやりがいに

「パンを作っているとお客様と関わることが少ないので、時々手が空いたら売り場に出てお客様と話すように心がけています。『あなたが作ったの?』と声をかけられることもあり、やりがいを感じます」(金森)

「私はパン作り未経験だったので最初は何もできなかったのですが、毎日少しずつできることが増えていくのがすごく嬉しくて。何かができるようになる経験って、大人になってからそうそうできるものじゃないと思っていたので感動しました。パンの世界はすごく地味だけど、奥が深く、様々な知識や経験を得ようと思えばどれだけでも得られます」(菅原)

日々聞こえてくるお客様の声や自分自身の成長が、やりがいや働く意欲につながっています。

お店の雰囲気を作る「バリスタ」

バリスタの仕事内容とは

株式会社日と々とでのバリスタのお仕事は、コーヒーをいれることはもちろん、レジやホール、お客様とのコミュニケーションなどのサービス全般を担っています。

「お客様から『このパンにこのコーヒーは合う?』と聞かれることもあるので、スタッフみんなでパンとコーヒーのペアリングについて話し合ったりもして、お客様に最適な組み合わせをおすすめできるようにしています」(野口)

パンに合うコーヒーを提供することもバリスタの重要なお仕事。バリスタはお店の雰囲気作りも担う重要なポジションです。

最高のサービスのために

原宿店・店長:野口

「バリスタの仕事は多岐にわたるので、まずはレジやホールの仕事をしっかり覚えてからコーヒーの研修に入ります。全体の仕事に慣れたら、新しいドリンク作りにも挑戦できます。原宿店は、店舗のある原宿自体がポップな街なので、デザインや味など、いろいろなチャレンジができると思います」(野口)

株式会社日と々とでは、バリスタのスタッフ一人一人が最高のサービスやコーヒーを提供するために、しっかりとした研修体制を設けています。土地や店舗ならではのドリンクメニューを作る面白さも感じられるかもしれません。

バリスタとしてのこだわり

「エスプレッソは湿度や天気によって味が変わるので、その調整にもこだわっていますね。お店には常連の方も多いので、それぞれのお客様の好みもしっかり覚えつつ、見て楽しい、飲んでもおいしい、というのをベースに一つ一つのエスプレッソを丁寧に作っています」(野口)

お客様の「かわいい!」がやりがいに

「自分で考えたドリンクを注文したお客様から『かわいい!』の声が聞こえてくると、こっそりガッツポーズしています(笑)ショップカードに『おいしかったです』などの感想を書いてくれる方もいるので嬉しいです」(野口)

バリスタは、お客様の声を身近で聞く機会が多いかもしれません。お客様の一言が働く上でのモチベーションにもつながっています。

主役は「人」

新店舗担当・パン製造責任者:菅原

「普段から会話を多くするよう意識しています。仕事上での重要なことを職場の雰囲気から遠慮して言えなかったということがないように、誰でも意見が言える雰囲気は大切だと思っています」(菅原)

「楽しく仕事をするために、いつも冗談を言ったり和ませようとしてますね。プライベートでもコミュニケーションをとっています」(野口)

普段から会議などは行わず、思いついたことはその都度話すという体制をとっています。アルバイトや社員の垣根を越え、プライベートでのコミュニケーションも多く、明るく和やかな雰囲気も魅力です。

パンとエスプレッソを思う気持ちで

一緒に働きたいと思う人や向いている人について。

「ここでは縛りがなく、やる気があれば新しいことに挑戦できるので、選択肢や可能性が多い環境です。パンの世界は厳しい世界と思われがちですが、パンが好きという気持ちさえあれば始めやすい。地味な仕事ですが、その中に面白みを見つけられる人は向いていると思います」(菅原)

「コーヒーだけにかかわらず、接客が好きな人といっしょに働きたいです。バリスタは、お店の顔にもなるので明るい方がいいですね」(野口)

「好き」が溢れる空間で、それぞれが主役に

パン屋さんでのお仕事は、大変だというイメージを持っている方もいるかもしれません。しかし、株式会社日と々とでは、自分のやりたいことを実現しながら、人とのかかわりを大切にし、毎日の変化を楽しむいきいきとした職人の方々の姿がありました。自分の可能性を発揮できる株式会社日と々とで、新しいことにチャレンジしてみませんか。

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「のれんわけ」
オーナーの皆さん

「日と々と」には、いずれ独立したい人のために店舗を譲っていきたいという方針があります。
独立し、人気店として成功しているオーナーの皆さんをご紹介します。

自分が独立して成功したワケ 
「フツウニフルウツ」松田剛毅さん

軽い気持ちのアルバイトから店長へ。
そして店舗のオーナーに。

表参道店が人気店になり、スタッフも増え、店長として多忙な店舗運営をしている頃、 代官山でフルーツサンドをメインにした「フツウニフルウツ」がオープンした。間もなく、表参道店から人事異動で松田が「フツウニフルウツ」の店長に就任した。
「当初は正直、フルーツサンドってナニ?状態でした。笑」(松田)。松田は「フツウニフルウツ」の看板商品でもある「フルーツサンド」というものを、生まれてこの方食べたことがなかった。
それでも、表参道店に引き続き、松田らしい自由でユニークな発想やコミュニケーションで、代官山店も行列ができるほどの人気店へと育てた。
運営会社の「日と々と」には、いずれ独立したい人のために店舗を譲っていきたいという方針がある。
入社して約4年半が経った頃、社長から声がかかり、2018年1月、松田は店舗を譲り受けて「フツウニフルウツ」のオーナーとなった。

自分の店になって一番うれしかったことは、給料のアップ!

松田にとって、今まで運営していた店舗をそのまま譲り受けているので、オーナーになっても特に苦労を感じなかったという。逆に、嬉しかったのは収入面。人気店ゆえに、オーナーとしての給料が上がったこともモチベーションに繋がっているという。
一方で、これまでやったことのない経理業務には苦戦した。パソコン操作も得意でない松田は、向いていないと自覚しながらも、個人経営の本を読みあさり、税務署への届け出、アルバイトの雇用保険、所得税の支払い、年末調整など、初めての業務1つ1つを独学でこなしている。 「探り探りの状態から帳簿の数字がぴったり合った時、面白いと思えるようになりました。」(松田)

そして、本当の苦労は移転を迎えるこれからだと松田はいう。

「フルーツサンド屋さん」を通してもっともっと面白く!

代官山にある「フツウニフルウツ」は、不動産会社との契約が切れる2019年6月で一旦閉店を予定している。その後、同年7月を目処に、新たな業態で再出発する。今度は路面店ではなく、なんとフードトラックだ。
「ただ単純に物件が見つからなかったんです。」(松田)飄々と話す松田からは焦りや苦悩が見当たらない。
松田は、とにかく面白いことがやりたいという。その延長線上にフードトラックがあった。
店舗を増やすことよりも、街角ではもちろん、音楽フェスへの出店や、イベントやアーティストへのケータリングなど、何か面白いことはできないかと探っているという。
「これから営業する場所を見つけて、そこでの交渉が大変。フードトラックは横の繋がりが大切なので、頑張らなきゃいけないなと思っています。」(松田)

与えられた場所で輝く。「日と々と」から独立し、成功しているオーナーは、素直に、謙虚にそのチャンスを育んでいるようだ。

マニュアルなんてない。支えてくれる仲間がいて今がある。 
「onkä」下山亜紀子さん

わずか2年でオーナーに

30歳のとき、自転車便のオペレーターをしていたOLから、一念発起してベーカリー業界に飛び込こんだ。
「やるからにはいずれ独立したいと、頭の片隅に置いていました。」(下山)
いくつかのパン屋でパンの製造を経験してから数年後、表参道の「パンとエスプレッソと」に出会う。
当時、「株式会社日と々と」は海外展開の真っただ中。その怒涛の潮流に下山も引き込まれ、入店早々に表参道店の代理シェフとして奮闘することになる。

そのわずか数か月後、今度は、経堂店「onkä」(オンカ)での店長も兼務することになった。
「今思えばそんなの序の口ですけど…」と、笑いながら当時を語る下山。
「あの頃の自分はキャパシティを超えていて、不安でいっぱいでした。でも、当時の上司に相談したり、ときには社長に泣きながら電話して話を聞いてもらうこともありました。」(下山)
そういった周りの支えのおかげで気持ちが楽になったと下山はいう。

そして入社から約2年後、会社(日と々と)より「onkä」を譲り受けて、下山のオーナーとしての新たな人生が始まった。

仲間たちに支えられて今がある

実際、オーナーとしてスタートすることになったものの、下山は自分でどれだけの資金が必要かなど、経営について全く知らなかったという。
「会社に所属していた頃から、自由な社風というか、立場や業務内容の枠にとらわれず、色々な案件を任せてもらえていたおかげで、気負いはなかったんです。」(下山)
建物の老朽化により店を移転することになり、物件について迷っていたとき、物件の良し悪しを熟知した社長が、一緒に物件をみてくれたり、親身にアドバイスしてくれたという。
また、「当時はパンを作るので精いっぱいで余裕がなく、販売スタッフを放置状態にしてしまっていました。新人スタッフのケアもできないほど目まぐるしい環境でしたが、皆、文句もいわず、いつの間にか自分で考えて動いてくれるようになっていたんです。」と下山はスタッフへの感謝を口にする。

「楽しい」「楽しそう」と思ってもらえる店づくりと、地元への恩返し

「オンカで働き始めた頃、常連のお客様から “いつも楽しそうにお掃除してるわね~”といわれたことがありました。実際に本当に楽しかったのですが、スタッフもお客さんもそう感じてもらえるお店づくりをしていきたいです。」(下山)

「これからは、この地域にお世話になった分、お返しできたらいいなぁという思いで、色々なことに関わっていきたいと考えています。
また、店舗を移転リニューアルしてからは、主人もスタッフとして加わりました。喧嘩をしないよう夫婦仲良く仕事をしていけたらなと思います。笑」(下山)

常連客に愛される駆け出しオーナー 
「BiRd&rUbY」河野寛史さん

コーヒーが苦手、料理も作れない人間だった

河野は2014年にアルバイトとして「BiRd&rUbY」(バードアンドルビー)に入店。入店後、与えられた様々な役割を一生懸命にこなす日々を4年、「日と々と」の社長や仲間に認められる存在へと成長し、2018年からオーナーとして「BiRd&rUbY」を譲り受ける。

「完成された店をそのまま譲っていただくなんて、なかなかない機会。これは”はい”という選択肢しかありませんでした。」と、河野は「株式会社日と々と」の社長、山本から打診を受けた当時を振り返る。

河野が「BiRd&rUbY」に入るきっかけとなったのは、パニーニとコーヒーだった。
そのパニーニは、今までいろんな店で食べてきた、具材を”引き立てる”単なる生地、ではなく、具材とともに”味わえる”ものだった。 「パンがこれほどまでに大事なんだと気付いた一瞬だった。」と河野はいう。

それだけではなく、店員の淹れるコーヒー技術の高さにも目を見張るものがあった。
河野は元々コーヒーが飲めなかったという。ラテアートの美しさに興味を持ったことをきっかけに飲めるようになり、以来、様々なカフェやコーヒーチェーンで働いてきたのだ。
「BiRd&rUbY」で働き始めるのも自然な流れだった。

「既に名が知れていた「パンとエスプレッソと」の職人や経験を積み上げてきたスタッフたちから、その貴重な技術や知識を共有させてもらえることは、メリットしかない。」(河野)

支えてくれる常連客や家族の応援が原動力

とはいえ、そもそも料理が得意でも専門技術を学んでいたわけでもないと河野はいう。
「コーヒーやパニーニ、接客スキルを上げるために、色々な店に行って勉強しました。」(河野)

そんな河野の精励を支えているのは常連客。
当初はパニーニをカットするだけの単純な作業にも苦労し、常連客から「今日は河野君が作ったのね。」と分かってしまうほどだった。 自分が入店するよりも前から「BiRd&rUbY」に通ってくれているお客さんたちが「がんばって!」と、自分の成長を温かく見守ってくれている。そして、地元大分県から家族や親せき、遠方の友人が店舗まで足を運んで応援してくれることが、喜びでもあり感謝する日々だと河野はいう。

河野の実家は乾物屋を営んでいる。扱う商材も環境も異なり、自身で経営する身となって、実家で見てきた商売のノウハウとは全く違うと感じる。それでも、商売をする親からの「挨拶をちゃんとすること。」「近隣の人と仲良くすること。」という言葉は、至極シンプルだが、お客さんとのコミュニケーションを大切にする河野にとっては金言だという。

地元密着型の愛される店づくりを目指して

「BiRd&rUbY」は小さなスタンド式の店舗ということもあり、お客さんとの会話は自然と多くなる。
スタッフへの指導にあまり口を出さないタイプだという河野は、「お客さんとの距離感」という微妙で繊細なコミュニケーションの感覚を、スタッフにどう伝えるかが当面の課題だという。

その繊細な心遣いは店舗作りにも反映されている。
店にあるコーヒー豆のチャートは、コーヒーに詳しくない人やコーヒー派ではないお客さんでも興味を持てるよう配慮されている。さりげないが、コーヒーが苦手だった河野の視点が活きており、その押しつけがましさを感じない人柄が、コーヒーやパニーニの質以外に客をリピートさせる力を持つのかもしれない。

「地域にもっと密着して、パニーニとコーヒーを通じて貢献していきたい。」(河野)
店の斜向かいに鎮座する鳩森八幡神社の例大祭では、商店会の一員として参加することに喜びを感じるという河野。 毎年「BiRd&rUbY」のスタッフたちと共に、神輿を担いで千駄ヶ谷周辺を練り歩き地元を盛り上げている。

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